2012年01月30日

007/慰めの報酬

 シリーズ初の、前作から続いたストーリーの第22弾。アクション映画の経験の無いM・フォースターを監督にしたところ、暴走しまくりでシリーズ最低の作品が生まれてしまうという大惨事を招いた。前作に続き、謎の組織クォンタムを追うボンドを描く。
 007映画としてあまりにひどい出来。なぜそうなってしまったかの理由を、記録として残す義務感に駆られたので、2009年1月30日の読売新聞夕刊の記事をもとに解説する。まず、記事の監督インタビューによると、「ロジャー・ムーアらが演じた女性と戯れるボンド像をあまりにも陳腐と感じた」と言っている。ムーア=ボンドは、007を世界的規模の人気作に押し上げる時期に大貢献しているし、ダルトン、ブロスナンだってファン層を広げるのに貢献してきた。何よりも、世界興収がそれを証明しているのに、「てめえの狭量と石頭で判断すんじゃねえよ!このハゲ!!」と言いたくなる。ついでに「監督に抜擢され、最初はあまり乗り気ではなかった」とのたもうた。007愛が無い奴に監督させるとは、プロデューサーも魔が差したとしか思えない。
 この記事からは、さらに驚愕の事実が明るみにでる。脚本がメチャクチャだと思っていたら、なんとP・ハギスは自作の監督のため未完のまま脚本を放り投げ、監督のフォースターと彼の子飼いの脚本家がロケハンをしながら仕上げたという。こんなんで、まともな映画が出来るわけがない。
 アクションも細かいカット割りとアップの連続により、壮大さに欠き何をやっているのかさっぱり分からない。DVDで見直しても、やはり分からない。この描写力の欠陥は、フォースターにアクション映画の監督としての才能が微塵も無いことを証明している。撮影もヘタクソで、これも監督子飼いのロベルト・シェイファーによるもの。彼は本作までドラマしか撮ったことがないので、どうしようもなかったのだろう。「ジェイソン・ボーン」シリーズのデジャヴのような無能アクションばかりで頭が痛くなった。
 記事の最後でフォースターは「プロデューサーから次回作もと誘われたが固辞した」と言い放つ。プロデューサーは相当頭を冷やしたほうが良いし、二度とフォースターを007に近づけないで欲しい。じゃないと、世界中の007ファンが、D・クレイグ起用のときよりも、もっとすさまじいボイコット運動を起こすだろう(本作は、007ファンには世界的に“シリーズ最低作”のレッテルを貼られているらしい)。
 監督の悪口ばかりになるのも癪なので、自分なりのラストの解釈をば。ボンドが悪役グリーンを砂漠に放置してエンジンオイルを水代わりに与えて去る。その後、ボンドはMから「グリーンがオイルを飲んで頭を撃ち抜かれて砂漠で死んでいた」と聞かされる。これは、非戦闘員の諜報員フィールズを、グリーンがオイルまみれにして殺したことに対し、クォンタムがグリーンを似た手口(オイルを飲ませる)で始末することで、英国諜報局に「手打ち」を暗に持ちかけているような気がした。
 吹き替えは無難な配役。が、ボンドがMの前で「僕」と言った瞬間は卒倒しそうになった。これはマズいでしょう。

監督 マーク・フォースター
ダニエル・クレイグ(小杉十郎太)/オルガ・キュリレンコ(佐古真弓)/マチュー・アマルリック(家中宏)/ジュディ・デンチ(此島愛子)/ジェマ・アータートン(冠野智美)/ジャンカルロ・ジャンニーニ(菅生隆之)/ホアキン・コシオ(長克己)/ジェフリー・ライト(辻親八)/イェスパー・クリステンセン(仲野裕)
※TV未放送のため、DVDの吹き替えキャスト。

予告編↓
posted by 足ランティー脳 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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